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電子顕微鏡の歴史

顕微鏡の歴史

顕微鏡の歴史は古く、紀元前から存在するといわれています。イランの遺跡から研磨された水晶のレンズが発見されていますが拡大鏡としては11世紀以降といわれています。アラビアの科学者がその本に目の構造や物が見える原理等を書いたのが始まりといわれています。その後今日に至るまで次から次と進歩を重ね現在に至っています。

一方電子顕微鏡の歴史は浅く電子顕微鏡の研究に着手したのは1930年ベルリン大学のM.KnollとE.Ruskaさんです。大変苦労した末に1934年1万倍の電子顕微鏡写真をとったがそれにあまり反応がなく、1938年にSeamens und Halske AG から発表された大腸菌の電子顕微鏡写真が日本、イギリス、カナダ、の心ある科学者、技術者が興味を示し一斉に研究を始めました。

日本では1939年に東京大学の瀬籐教授を軸に研究グループが日本学術振興会の分科会として設けられたのが始まりです。この分科会には各大学(東京大学、京都大学、大阪大学、名古屋大学、東北大学)工業技術院電気試験所、日立製作所、東京芝浦電気、島津製作所等から研究者が参加してそれぞれ得意な分野で共同研究を始めました。このころ電子顕微鏡を作るためのデータはあまり無く分科会の活動は電子顕微鏡を作ることに集中されそのすべてを公開討論されました。その結果、1942年頃には倍率数万倍の電子顕微鏡が作れる様になった。この分科会は世界大戦中も毎月続けられました。この会の運営の特徴は基礎面を大学、試験所、試作に各メーカー、利用を医学、生物、金属学、などの人々が初めから一体となって動いたことでした。

1948年ごろ利用する大学、研究所の人たちが日本で作った電子顕微鏡を購入して実験を始め、悪い点はすぐさまメーカーにフィードバックし改造を重ね、良い電子顕微鏡を作るということを繰り返しました。当時戦争のために後れを取り返さんとして外国から新しい装置や機械を輸入することに熱中しましたが電子顕微鏡だけは国産品を使ってくれたこと、また日本電子、日立製作所、島津製作所、明石製作所などの各メーカーが競い合って良くしていこうとしたことが1955年ごろやっと日本の電子顕微鏡が外国のものに追いつきました。

日本の電子顕微鏡には3つの大きな特徴がありました。1つは分解能の高いこと.2つめはこの試料の温度を上げたり、下げたり、引っ張ったり、傾斜させたり、等付属装置が開発されたこと、3つめは割安に出来たことです。これらのことが相まって日本の輸出の先駆けを担うことができました。以上が電子顕微鏡の日本における20世紀半ばまでの歴史ですが、光学顕微鏡の歴史は十数世紀、電子顕微鏡は1世紀余りと大幅に違います。このことは近年における科学の進歩がとび抜けて早いことを物語っています。

半導体の進歩しかり。半導体に関しては電子顕微鏡と深いかかわりがあります。半導体製造のプロセスでは顕微鏡による検査がどうしても必要となっています。半導体の進歩は目覚ましくそのプロセスの進歩は日に日にサイズが小さくなっていると言っても過言ではありません。この検査において光ではその波長からくる制約で光の波長以下のものは見えないため光から電子線に代わってくるものと期待されました。

しかし光の頑張りようはその歴史が物語る通り種々の研究成果、応用からアプリケーションを広げ未だに多くの分野で頑張っています。一方光から電子線、電子顕微鏡に代わってきているものも多々あり特に半導体プロセスの線幅測定には電子顕微鏡が使われるようになっています。近年のディープサブミクロンオーダーの半導体プロセスでは線幅測定やレチクル描画等無くてはならない装置となっています。また医学、生物分野においてもますますその分野を広げています。種々のウイルスの観察など電子顕微鏡でなければそれを観察することが不可能となっています。

電子線は電子が光源であり光と大きく異なる点は大気中で見ることが出きないこと、チャージアップすること、等ありますが最近の科学技術の進歩により電子顕微鏡でも大気中で見ること、チャージアップしないものもあありますが、まだまだ緒に就いたばかりであります。
当社はこの電子線のチャージアップを無くすための金属被膜をつける装置の研究をしています。




2018.12.04

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