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電子顕微鏡とともに58年

電子顕微鏡が医学、生物学の研究分野に応用されてからこれまでどんな応用技術が開発され応用されてきたか?これから先どのように展開していくのかを自身の経験を基に改めて考えその先に何があるのかを推測してみたいと思います。
電子顕微鏡が発表された 1933 年は私の生まれた年で衰えかかった記憶を手繰り寄せ日本の電子顕微鏡の応用の歴史等を含め著名な研究者にも触れてみたいと思います。問題となっている形態学者の減少が止まらない状況でこのまま進むと近い将来形態学者がいなくなるとも言われている現状をいかに食い止めるか?なども考えてみたいと思います。

目次

電子顕微鏡と共に 58 年

高校の部活動で初めて染色体の標本を見、何とも言えない興奮を覚えました。これが顕微鏡の世界にのめり込む動機だったと思います。大学の生物学科でヒガンバナが同質三倍体である事の証明が卒論でした。大学院に進みそこで出会ったのが北海道に自生するオオバナエンレイソウです。自然集団の染色体の核型分析と集団遺伝学的な解析のグループに組み込まれ染色体の解析に明け暮れました。

1951年、大学院博士課程の最後の年にテネシー州ナッシュビルにあるバンダービルト大学に留学する機会を得、渡米する事になりました。この大学には後で判ったのですが電子顕微鏡では有名なフライシャー教授がいた事は着任後知りました。核型の決定は特に問題なく終り、その後は大学院生を受け入れる施設を作るようにと言われましたが、必要な予算を簡単に出してくれることには驚きました。この施設からは何人かの修士、博士が誕生しました。

帰国後大学院を終わり、千葉大の腐敗研究所に就職し一年間の電子顕微鏡の国内留学と言う事で電子顕微鏡に関わり、研究所では弱好塩性細菌の膜に局在する酵素の証明を終えました。その後、深井教授から中米コスタリカに電子顕微鏡センターを作る事になるからとお誘いがあり、技術移転のプロジェクトに携わることとなりました。既に機材も揃っており、これらを利用してウイルス性下痢症 (特に新生児)、トウモロコシ、インゲン、メロン等が感染するウイルスの検出法の技術移転を始めて欲しいとのこと。

このプロジェクトは10年の期間と、その後15回の研修をもって終了しました。帰国後はあちこち転々と研究室を変わりましたが、最終的に現在の真空デバイスに自分の装置を持ち込んでこれまでどおり疑問点の解決を続けています。

略歴

生年月日1933年(昭和08年)10月10日
学 歴1956 静岡大学文理学部生物学科卒
1958年 北海道大学理学部大学院植物学科修士課程卒業 理学修士
1966年 北海道大学理学部大学院植物学科博士課程終了 理学博士
職 歴1951年 テネシー州ヴァンダービルト大学生物学科 研究員。
1953年 テネシー州ヴァンダービルト大学生物学科 講師
1966年~1981年 千葉大学生物活性研究所 助手
1976年2月~1981年2月 コスタリカ大学電子顕微鏡センター創設プロジェクト JICA 医療部専門家 
1981年8月~1981年10月 JICA 国際研修プログラム電子顕微鏡学第一回 開校式、研修講師 
1982年1月~1982年3月 第一回国際研修 研修講師
1982年5月~1985年5月 JICA 医療協力プロジェクト フイリピンマニラ 熱帯医学研究所 JICA 医療部専門家 電子顕微鏡応用技術移転
1986年5月~1989年4月 バイオテクノロジー研究支援、コスタリカ大学細胞, 分子生物学センター
1990年3月~1993年11月 在東京カナダ大使館科学技術室 調査官
1993年12月 JICA 国際研修プログラム電子顕微鏡学 研修講師
1994年1月~4月 JICA 医療専門家、コスタリカ医療協力アフターケア真菌症研究、調査。
1994年6月~1996年6月 JICA 専門家、コスタリカ大学電子顕微鏡センター
1996年10月~1996年11月 JICA 専門家、コスタリカ大学 国際研修電子顕微鏡学講師
1996年11月~1996年12月 JICA 調査官 中南米9カ国対照 国際電子顕微鏡学研修プロジェクト1981-1996年総合評価調査団
1998年8月 国立神経、精神センター神経研究所微細構造研究部 研究員
1998年11月~2002年3月 東京電力中央研究所界面活性研究部 研究員
北里大学医療衛生学部 非常勤講師
東京医科大学神経生理学講座 兼任講師の後
2011年5月~ 株式会社真空デバイス技術顧問
現在に至る
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